日本の広告表現はなぜ世界で理解されないのか (上西麻子)
Abstract How Japanese advertising is understood in America
Often people who come from America to study Japanese don’t understand Japanese
commercials and think they are not interesting, even thought they can speak Japanese. Thus it isn’t a language problem, but rather a possible culture problem. This paper analyzes American and Japanese advertising from a cultural point of view.
To do this, it specifically focuses on the following. points: 1. 2. 3. 4.
The structure of the advertisement
The copy (elements of the copy, expressions, characteristics of the copy) Comparison of advertisements of Japan and the West Comparison of public advertisements
It is still to early to make a conclusion as to how to make Japanese advertising understood now. But, recent Japanese culture (that is the culture MADE IN JAPAN) begins to be accepted in the world more and more, and the day when Japanese advertising expression will be interesting to the world is near.
目次
1.イントロダクション
2.広告のしくみ 2-1.広告とは?
2-2.広告制作に関わる会社
3.コピーについて 3‐1.コピーの要素
3-1-1.英語のコピーについて 3-1-2.日本語のコピーについて
3-2.勧誘表現
3-3.コピーのスタイル
4.日本と欧米の広告の比較
5.公共広告
6.おわりに
日本の広告表現はなぜ世界で理解されないのか (上西麻子)
1.はじめに 「日本の広告表現はなぜ世界で理解されないのか!?」
普段何気なく見ている広告(雑誌やテレビ)だが、じっくり観察してみると、たくさんの情報量を含んでおり、作品によってはクリエイティブでアイデア満載の映画作品にもなる。 その広告作品の偉大さを痛感するのは海外旅行に行った時ではないだろうか。海外を訪れ、夜ホテルのベッドでのんびりしながら、テレビでCMを見かける、そんな経験、誰にでも覚えがあると思う。何を言っているかわからないけれど、とにかく面白かったり、何となくフィーリングで楽しめたりするものである。CMを見れば、その国独自の雰囲気や、何度も見かけたCMからは、その国で一番大きい企業だとか、人気商品、人気のタレントなど色々発見があり、時に日本の常識ではありえないCMに、驚きの連続である。しかし、CMによってはその国の文化やバックグラウンドを理解していなくてはわからない作品がある。ある時、私の友人のアメリカ人が、「日本の広告はよく理解出来ない。それに、面白くない」と言うのである。それは言葉の問題ではなく、文化的な物だと彼女は言っていた。
確かに、世界には、カンヌ、クリオ、ニューヨークなど授賞式はあれども日本の広告がこの事をきっかけに、世界の広告を文化的背景から分析し、それと同時に日本語と英語が入り混じっている日本のキャッチコピーとアメリカやイギリスの英語を母国語とする国のキャッチコピーを分析し、日本の広告は世界に通じるかを探って行きたいと思う。
2.広告のしくみ 広告批評をしていく上で欠かす事が出来ないのが、広告を取り巻く会社や、広告が完成するまでのプロセスである。ここでは、広告業界の構成を簡単に紹介していこうと思う。
2-1.広告とは?
広告と言っても、一言で片付ける事は出来ない。TV、ラジオコマーシャル、新聞、雑誌、交通広告(駅・電車)、屋外広告(広告看板・ネオサインなど)、インターネットなど他にもたくさんの種類があり、現在も色んな形で増え続けている。最近では、in shop mediaと呼ばれる、広告をポストカードにして、喫茶店やレストランに置いてあるものもある。基本的に、以上の6点が一般的な広告の種類である。
これらのクライアントからの広告メッセージを伝える手段となるのがメディアと言う。
クライアントの存在と役割
広告を作る上でなくてはならない存在をクライアントと言う。「広告主」の事で、メーカーや流通サービス業などの民間企業、や役所、学校などの広告を出している企業や非営利団体を指す。クライアントから広告を作って欲しいと言う依頼が来ない事には、広告会社の存在する意味はない。広告会社にとってクライアントは神様同然の存在である。 2-2.広告制作に関わる会社
広告会社とはどんな役割を果たしているのか?広告を完成するまでに、取り巻く企業を紹介する。まず、広告会社について。広告会社とはクライアントの広告活動に参加し、広告業務の全部またはその一部を代行する会社を言う。そして、広告業務とはクライアントが抱えている課題を把握し、その課題を解決するためにどのような広告マーケティング活動を行うための計
日本の広告表現はなぜ世界で理解されないのか (上西麻子)
画を立て、それに基づいて広告作品の企画制作・メディアスペースの購入手配を行い、広告を出稿する事である。
次に紹介するのは、広告戦略を目的とした会社で、広告を使って商品を宣伝するには欠かせないPR(public relationsの略)とマーケティング会社について紹介する。(しかし、中には広告会社にはクライアントの広告活動全てに参加できる「総合広告会社」もある)PR会社とは、マスコミへの情報提供や取材対応、記者会見の設定、イベント、シンポジューム、各種パンフレットやPR誌の発行、社内報を発行する会社の事である。PR(ピーアール)会社は新商品の発売や、イメージアップするにはもってこいの広告活動である。最近では若者の街、渋谷や新宿を中心としたプロモーションイベントが頻繁に行われている。製菓メーカーのロッテが、2003年に行ったアイスクリーム「爽」と言う商品の発売5周年記念イベントでは人気アイドルを起用し、そのアイドルをかたどった等身大の氷の像を展示し、4500個のサンプリングと雪に見立てた細かい泡を降らせた。このキャンペーンは、単に商品を試して貰うだけでなく、商品の持つ世界観を具体化した試みだった。次に紹介するのは、マーケティング会社だ。広告やそれに伴うキャンペーンを行う上で、市場、製品、広告、流通、消費者など様々な対象に調査し、マーケティングの戦略立案する仕事を担う、広告活動に欠かせない会社だ。
ここまでで、広告を「企画」する、きっかけの役割をする会社を紹介してきたが、これから紹介するのは企画書の中にあるアイデアを実際に制作し、現実のものにするグラフィック製作の会社だ。広告企画制作会社、クライアントや広告会社の依頼のもとグラフィック広告の実制作を行っている会社で、アイデアを私達消費者が常に目にする新聞、雑誌、ポスター、カタログ、チラシ、POPの広告が見られるのは、製作会社を欠いてはありえない。
次に、日常生活の中で一番見る機会が多いCM制作の紹介だ。CM制作会社、クライアントや広告会社の依頼のもと、ラジオ・テレビCMの実制作を行う会社。ポストプロダクション、作られたテレビやラジオのコマーシャルを編集し完成作品を仕上げる。クライアントから仕事を依頼されてから、広告が出来るまでを簡単に紹介したが、広告が形になるまで、いくつもの会社を通って、世に出ている事がお分かりいただけるだろう。
3.コピーについて
広告表現はコピーや、映像、音楽など様々な要素から成り立っているが、コピーがし
っかりしていないと、その広告は頼りなくなる。コピーがしっかりしていると言う事は、商品を理解し、ターゲットを研究し、世の中の動きを読み取る事が大切である。「今、何を消費者に伝えるべきなのか」を考え、その結果生まれた表現、つまりコピーの果たす役割は大変重要である。コピーとは広告文案。広告でもコマーシャルでも作品のクオリティーを左右するのがコピーである。当然、言語が異なれば、表現方法も様々である。私の友人のイギリス人が日本の広告を理解できなかったのは、コピーに含まれた、目に見えない文化的背景ではないかと思われる。英語と日本語のコピーを比較し、日本の広告が世界に通用しない問題を分析する。
3―1.コピーの要素
ここで、コピーを分析していくにあたり、英語と日本語でどんな点に注意してコピーライターがコピーを書いているのか異なってくる。もちろん、同じ人種のコピーライターでも書く人の価値観が違うため、ポイントについては一概に言う事は出来ないが、どうしても一致しなくてはいけないポイントがある。英語と日本、別々にまとめておく。
3-1-1.英語のコピー
日本の広告表現はなぜ世界で理解されないのか (上西麻子)
英語の広告でよく見かけるストレートな表現とは一体どんなものなのか。いくつか上げておきたい。だいたい、try, ask for, get, take, let, need for, use, make, come on, hurry, come, see, give, remember, discover, serve, introduce, choose, look for, だ。英語のコピーは.凝った装飾的な語句は避け、素直で、まじめなものが多い。アメリカの牛乳引用促進キャンペーンの広告を見ると、一言「got milk」と書いてある。実にわかりやすい。次に、もっとも大事な事は、商品を選んでもらえるコピーを書くことが必要だ。そのためには読者を指示するような調子を避ける必要がある。コピーには論争を避け、高飛車な主張は止める。説明していると思わせないで説明する事。特にアメリカの広告はアイデアで勝負している。そのアイデアの中にコピーも含まれているということだ。コピーは生き生きとし、動きがいっぱいある事。可能な限り画によって意味を伝える事は最も効果があり、人をひきつけるには有効である。消費者を説得させるにはコピーは正確で真実味を盛る事が必要だ。以前、公共広告で交通事故のキャンペーンの広告を見た時、事故にあった被害者の写真と、本人の言葉がコピーとして使われていた。怪我でボロボロになった被害者の写真とコピーに事故がいかに悲惨だったかを感じ鳥肌がたった。最後に、何か行動している人物を広告に出すと言う事だが、先ほど引用した「got milk」の広告もナオミ・キャンベルやフィギュアスケートの選手などを起用している。
3-1-2.日本語のコピーについて
次に、日本語のコピーだが日本人は人情的な表現に弱い。だから世の中の人の気持ちや声をつかみ、言葉にする事は欠かせない。コピーはつねにクライアント側が設けた制約の中で勝負しなければならない。コピーにはいろいろ制約が存在するからだ。日本のように好感度を大事にする広告は得に言葉の制限が厳しい。
日本の広告で一番大事な事は、時代に敏感である事だ。日本の流行は広告から発信されているといわれるぐらい、流行を気にしている。その証拠に、今年の流行商品の中にアミノ酸系ドリンクがランクされている。2003年の流行商品にアミノ酸は欠かせないほど、アミノ酸系商品が発売された。次に、ボディーコピーに重点を置くことが大事である。この点はアメリカの「説明的な表現をさける」と対照的である。次々と商品が発売される日本では、どんな商品か認識されない事には商品は売れない。そのため、説明的なコピーは日本ではよく見かける。 3-1-2.日本語のコピーについて 英語と日本語のコピーのポイントを比較すると、英語のコピーはわかりやすく、「インパクト」に重点を置いているかがわかる。一方、日本語の方は話題性のあるコピーで、世の中の流行を作り上げ、商品に興味を持ってもらう事に重点を置いている。そして、英語圏の人々が「日本のコピーがわからない」と言う原因にもなるポイントは、「8.コンシューマーの共感を得る事が大事である」だ。このポイントには文化的なものが含まれているからだ。コンシューマー、ここでは日本人の共感を指すのだが、この共感と言うのがまたクセモノである。外国人から見る、日本人の理解できない例を一つ挙げるとするのなら、自分の意見を積極的に主張することを避け、なるべく曖昧に表現し、相手の気持ちを察する事を文化として持っている。そのため、人間をテーマにした広告は文化の違う人々にはなかなか理解されないのである。
最近、日本のコピーには英語表現を頻繁に使ったアメリカ的なアプローチがあたりまえになったが、同様に英語のコピーにも日本語表現が見られるようになった。米車メーカ・クライスラー社がアメリカで日本語を使った広告を出した事で話題になった事がある。「You’ve never had it so 快適」、「優秀Colt」と言うコピーだ。とても重要なヘッドラインに日本語の漢字が使われているが、実は広告の何処にもその漢字の英語解説がない。どう言う事なのだろうか。逆に、日本の場合から考えて見よう。日本の広告には横文字がやたら出てくる。日本人は意味がわからなくても横文字を使うと、先進的に見えたり、おしゃれな気分にさせられたりする。日本産の性能の良さは全世界で知ら
日本の広告表現はなぜ世界で理解されないのか (上西麻子)
れていると思うが、日本語を引用する事で、「性能の良さ」表現しているのではないかと思う。同様な解釈が文化を超えて存在する事は実におもしろい事だ。
3-2.英語のコピースタイル
岩本(1962, P. 9ff)によると、コピーにはどんな表現方法をしようと、英語も日本語も必ずスタイルが存在する。英語、日本語共通の欠かせない要素を上げておく。 STRAIGHTFORWARD COPY(卒直形式) STORY COPY(物語形式)
“YOU AND ME”COPY(問いかけ形式) FACTUAL COPY(事実形式)
FACTS-PLUS-STYLE COPY(事実+スタイル形式) IMAGINATIVE COPY(想像形式) SUPERLATIVE COPY(誇張形式) SIGNED COPY(署名形式)
TEASER COPY&CLEVER COPY(ティーザー形式とクレバー形式) 以上、この9個の形式を柱にコピーは書かれている。
日本人にとって、コピーに英語を引用する事はとてもスマートなイメージを連想させる。そのため、日本ではコピーに英語は欠かせなくなった。しかし、「Let’s アミノサプリ」や「Rugby is back」などのコピーを見る限り、ネイティブの英語を意識して作られたコピーかと考えると疑問である。なぜなら、日本の英文コピーは日本人にしか理解できない感覚のものが多い。ここで英文コピーとは一体どんなものなのかを紹介したい。
A.No UNNECESSARY WORDS(不必要な言葉を省く)
スペースに制限がある関係上、できるだけ、不必要な言葉を省いている事である。したがって、 ぎょうぎょうしい形容詞(FLOWERY ADJECTIVES)がない。そして単文を多く使う。複文を使う場合には、できるだけwhichかThatを省く。単文の欠点はポツン、ポツンと切れる印象を与え過ぎるので、ANDのような接続詞や:、:、で補う。つまり、合成文を適当にまぜる。
(岩本1962, P. 71)
B.SENTENCE ARRANGEMENT(各種の文の配置)
短文、合成文、複文をどういう順序に配列するかが問題である。この順序は、文の持つ意味に左右される。商品のセーリング・ポイントをもっともよく表した文を中心に、どの種の文を並べるかを考える。またその中心となる文がどの種の文であるかによっても、前後の文が異なっている。 一般に、単文は直接に物事を述べるに適した用途があり、コピーでは、この目的に良く使う。 読者への心理を考えた場合、この単文で商品の重要性を説明すると、読者に与えた直接的な印象をもう一つ次の単文で発展し、さらに最後の単文でとどめをさす方法がある。
また、二つ目の単文以後、複文で読者の興味をじわじわと引き伸ばし、最後に単文でとどめをさす方法もある。 これは、“がめつく売る”コピー(Selling copyという)に多い(もちろん、単文ばかりの場合も含めて)。
しかし、読者の知性に訴えるコピー(STYLE COPY)では淡々とした調子で読者に話しかけ、読者の知性、感受性、経験、性格、考え方など、なにか読者の心につながるものを補い、その補ったなにかを伸ばし説得させようとする。このStyle Copyでは、単文の直接表現と合成文と複文の
日本の広告表現はなぜ世界で理解されないのか (上西麻子)
非直接表現が読者に作る効果を考えた上、文章を作る。(岩本1962, P. 72)
C.SHORT、ACTIVE VERBS(短い、能動的な動詞)
単文を使うさい、短い動作を表す動詞を用いる、この種の動詞は状態を表す動詞よりも、短いスペースではっきりと物事を表せるからよく用いられている。
状態を表す動詞は、単文と他の文との関係のようにやわらかい感じを与えるので、硬い感じを与える動作の動詞と混ぜて使われる。
You know Bufferin for grown-ups. Now, there’s a children’s Bufferin: a little orange-flavored wonder specially formulated for your child’s delicate system.
これでは、最初にto knowと言う動作の動詞を使い、次の文でto be(there is)という状態動詞を使っている。また、第一文は単文では第二文は合成文に近い、同格語を使った単文。
第一の単文で、バファリンをご存知でしょうね、と言って読者の心に波を投じ、それから第二の文で、さて、今度子供用のバファリンが出来ました(これをbe動詞で表わし、読者の心を引き戻し)。それでは、どんなものなのかなと思うと、:と言うコロンがある。ここではぐっと読者は、待たされ、それから何だろうと思えば、・・・wonder specially formulated for・・・と具体的なニュースはないが子供の害にならない、うまそうな、よくきくもの、とはぐらかせる。それ以後の文が、このwonderを説明していく経路をとる。 このコピーは、読者の心理をよく考えた上手なコピーである。(岩本1962, P. 72)
D. SHORT EXPRESSIONS(簡潔な表現)
なるだけ思想を簡潔に述べる必要上、あらゆる文章上のテクニックを駆使する。簡潔で
直接的な語がみつかった後、文の構造を再検討して簡潔なものにしなければならない。それには、 次のテクニックがある。
① 同格語(appositive)
There is a new Bufferin. It is a wonder for children.
There is a new Bufferin, a wonder for children. (appositive)
②分詞句(participial phrases)
There is a new Bufferin which is formulated for children.
There is a new Bufferin formulated for children. (participial phrase)
他に動名詞や不定法の名詞用法もある。また、強意をつける為に、語句の位置を変えたり、クライマックス順に動詞を並べたり、繰り返し使ったりする。(岩本1962, P. 73)
E.INFORMALITY(肩のこらない英語)
読者にも分かるように話しかけるには、だれでも分かる英語(口語英語や時にはスラングも) で話しかけなければならない。消費者層が高級な場合は、文語表現も必要だが、基調はあくま でも口語。
だれでも分かる言葉を書くのだから、言葉のいいまわし(DICTION)は出来るだけ口語体に 近いものを使う。したがって、文法上少々おかしい言い回しでもでてくる。疑問文のdoを省い たり、このバファリンのコピーに当たるように不完全文(How its special anti-acids protect against stomach upset.)を用いたりする。
He’s ,It’s, We’re, they’reなどは非常に注意深く使う。というのは、he’sはhe hasかhe is, it’sはits、We’reはwere、they’reはthereにまちがえられ易いからである。使う場合には、前 後の関係をみて数少なく効果的に使う。(岩本1962, P. 75)
日本の広告表現はなぜ世界で理解されないのか (上西麻子)
F.COINAGE(新造語)
シェーファーのDokumental(Documental)
とか、”guesstimate”(guess+estimate)と言葉がスペースと強意と言う2つの制限が厳然として存在するので、時々、実際つかわれてないが、意味はわかる程度の言葉やスペリングを作る。合成語も好んで使うーorange―flavored(オレンジ味の)、double-guard(二重防止)、pay-as-you-go administration(儲かるに従って税金を支払うシステムの地方または)など。(岩本1962, P. 75)
上に挙げた英語コピーのパターンの例から、英語コピーは文法的に良く考えられ、いかに消費 者をひきつけるように構成されているかがわかる。一方、日本語のコピーはコピーライターによって表現方法が事なり、文法的な制約は特別ない。しかし、一概に無いとも言い切れないが、あるとも言い切れない。日本語のコピーに大切な事は人の興味が湧くようなコピーを書くことが大事である。
4.日本と欧米の広告比較 人間は知恵を共有し合い、様々な社会を形成してきた。それらの原動力になってきたのは、人間のコミュニケーションする能力だろう。このコミュニケーションを発揮する、「表現力」は、世界のさまざまな国や地域で、特色のある文化やスタイルを形成しながら、発展を続けている。国や地域ごとの特色を映し出し、独自の生活スタイルや文化による様々な表現が広告には映し出されている。このSECTION4では広告の中に見えてくる、世界各国の特有の文化特性、社会背景を通して比較していきたい。
日本と欧米の広告の違いは一概には言う事が出来ないが、その違いが最も顕著なのが有名人・タレントの広告だろう。まず、その違いでよく言われることはそのタレント広告の差である。日本の広告のほとんどに、有名人やタレントが登場する。それと比較して欧米の広告には、例外はあるが、それほどタレントは起用されていない。特にハリウッドスターは広告に登場するのを嫌う傾向がある。ところが、日本の広告ではハリウッドのセレブリティーは頻繁にCMで見ることが出来る。それは、膨大な出演料とCMの演出が関係してくると思われる。
欧米では、政治家や経営者は積極的に広告へ参加している。それも、容赦ない笑いの対象に使われる事がよくある。日本では考えられない様な演出方法だが、欧米では政治家は公人であり、社会に奉仕する立場にあるのだから、プライバシーはない、そんな考え方が根底にあるようだ。欧米と日本では政治家に対する考え方がずいぶん違うのだと実感させられる。
タレントや政治家広告は、プラスに作用しているうちはいいけれど、スキャンダルを起こしたりマイナスに動き始めた時の副作用が怖い。特に、日本の広告の様に好感度を大事にし、その好感度をタレントに依存している広告にはさらにダメージが強い。最悪の場合、何千万、何億とかけた広告が打ち切りになってしまうのだから。 ここから、日本と欧米の広告を細かく分析を行う。
4-1.日本 いくつか例を挙げて分析したい。お酒やタバコのコマーシャルには各国の理想の女性像と男性 像が描かれている。その証拠に1983年のサントリー・レッドのCMで、大原麗子は世の男性のハートをグッと捕らえた理想の女性を演じているのだが、このCMが1984年のIAA東京大会で上映された時、入場者の半分(日本人)は拍手し、もう半分(外国人)は拍手を送らなかった。それは、大原麗子が演じた、「理想の女性」は演歌の中の女性で、「尽くす女」と言うのが日本人男性の理想であるが、外国人から見たら、理解出来ない女性なのである。CMの中のお酒を飲んでいる女
日本の広告表現はなぜ世界で理解されないのか (上西麻子)
優を見て、外国人の多くが、「あんなある中の女性を追い回したカメラワークの何処に共感する所があるのか」と疑問を持った。お酒やタバコのコマーシャルに文化が反映されている。
1990年のグロンサンのコマーシャルには経済成長を支えるビジネス戦士の姿が描かれて いる。そこには経済成長期の日本の姿がある。「帰りたいのに帰れない」と言うキャッチコピー と共に、日本のビジネスマンは仕事が終わっても「5時」から付き合いと言う別の仕事が残って いる事を示しており、日本社会で出世するには。実力と人付き合いの上手さが関係しており、出 世には上司の私情も絡んでくる事を示示唆している。
日本は現在も、高度経済成長時代のバブルな時代を引きずっているようだ。しかし、そこに「喜 怒哀楽」があり、人間を決して奇麗ごとで書こうとしていないところに、日本人は共感し、その 共感を商品へと繋げて言っているのだ。誘導型の広告である。1
日本のCMでは父と娘との関係を扱った方が共感を与える。しかし、母と息子の関係を扱っ たものは少ない。単身赴任の父親と娘の姿を描くものが多い。身赴任と言うのは、欧米のビジネスマンにはほとんどありえない。日本のCMには単身赴任と言うシチュエーションは見る人に共感を与える。どうやら、日本のCMは家族を題材にした作品が多い様だ。日本では親は仕事で遅くなり、子供は子供で、塾で帰りが遅く、家族のコミュニケーションが不足している。CMを見るといかに、日本人が家族のつながりを欲しているかが伺える。家族に置かれた、環境や繋がり方が異なる外国の人々が、日本のCMを見て理解するのはなかなか難しい話である。
海外の広告には10年、20年と言う長いスパンで使われる広告が多いようだ。それは長期計画でブランドを構築していこうという考え方が影響しているようだ、それに対して日本の広告はショートスパンの、季節ごとに広告が入れ替わりしている。常に、新しい物を求め、流行を作り出す、日本の広告ならではだ。
4-2.日本 さきほど、「日本」で大原麗子を使った、日本の理想の女性像は異国では理解されないと書いた。ではアメリカの広告に出てくる理想の女性とはどんな女性なのか。アメリカにテイスターズチョイスと言うコーヒーメーカーのコマーシャルがある。主人公の男の子が家族のディナーに招待されていた姉の友達を気に入り、そのディナーがきっかけで商品を中心にドラマ仕立てのストーリが展開するCMだ。ある時、主人公は姉の友達(とてもきれい)にテイスターズチョイスを貸してあげる。彼女の家のテイスターズチョイスが切れていたからだ。後日、その彼女がテイスターズチョイスを返しに来たのだが、タイミング悪く彼はガールフレンドとデート中だったのだ。それを見た、姉の友達は「今晩は、都合が悪そうね」と思わせぶりな笑顔を残して帰っていく。この広告から察するに、アメリカの女性はとてもしており、主人公の男性と同等の扱いで描かれている。日本のコマーシャルからは、女が常に妥協し、好きな男性の事で悩んでいる姿、つまり弱い姿を表現されているものに比べると、アメリカでは人間関係で女性の方が権利を持っているように思われる。コマーシャルだけでなく、ハリウッド映画からも伺えるように、自分の意見をハッキリと主張できる、した女性が理想とされている。
アメリカのCMの特色のあるものを挙げろと言われれば、それは比較広告である。比較広告は1970年代にアメリカでFTCが規制緩和の一環としてかどうしてから急速に増えた。比較広告は日本でもペプシコーラのコマーシャルで見たことがあるが、日本人比較広告があまり好きでないようだ。それは、人種的に相手を理論的に追い込む事をあまりやらないし、やった企業が評判を落とす
1 2003年現在、栄養ドリンクのCMには1990年代のコマーシャルに見られたビジネスマンは見られない。それは、日本社会の評価が実力重視に移行され始めている表れではないだろうか。
日本の広告表現はなぜ世界で理解されないのか (上西麻子)
結果になりかねないからだ。これによって、日本企業がいかにイメージを大事にするかがわかる。比較広告には国民性が大きく反映する。
アメリカCMの25%~30%は比較広告だという。この比較広告のわかりやすさは格別であ
る。アメリカ人は直裁、直接、理論的なことを好む。その上人道主義者が多く親切である。多民俗国家なるがゆえに、コミュニケーションがうまくないと生きていけない。まして、統治はむずかしい。日本のように「曖昧な」の伝統と反対の極である。
アメリカの広告を見ていると、たまに日本のキャラクターを発見する事がある。牛乳促進キャンペーンでは、アメリカで訴求力のあるセレブリティーが選ばれ、ミルクを口の周りにつけた「みるくひげ」姿で登場するのだが、その中にポケモンのキャラクターのピカチュウが起用されていた。92年頃、アメリカ版のナイキのコマーシャルにゴジラが登場していた。NBAの人気バスケット選手と競演していた。アトランタオリンピックが開催されていた頃、アメリカのフォルクスワーゲンのコマーシャルに日本のアニメーション「マッハGOGOGO」が使われていた。この様に、外国人が日本の広告は理解できないと言えども、日本の文化を使った広告はアメリカで流されている。しかし、残念な事にそのジャパニメーションを通した文化は、メイド・イン・ジャパンと認識されず使われて、人気を呼んでいる所だ。(ピカチューは例外)。日本人の知らない所で一人歩きしているというのが現実だろう。
アメリカ以外でも、日本の文化が一人歩きしている広告がある。イギリスのダイハツは、東京を舞台にしたCMや、ノルウェーのブラーセン航空のCMとイタリアのドモパックに、日本人
ビジネスマンが出てくる。多くの場合、日本人を笑いの素材とした広告を紹介してきたが、イタリアのファッションブランド「SISLEY」が若者向けのファッション誌に日本の芸者と漢字、そして、大阪をテーマにしたファッションの広告を出した事もある。日本のオリエンタルな文化を時に、外国からみたらファッション性の高い文化になるのだろう。
やはり性別によってポジティブがネガティブか分かれてきている。日本人男性を外国人が描くと、調子のよいセールスマンと酷いものが多い。日本人女性は「芸者」のイメージが強いのか美しい憧れの女性に描かれる。いかに世界で日本文化が一人歩きしているのかがわかる。
5.公共広告 最後に、日本とアメリカの公共広告について比較したい。公共広告を見れば、その国で問題になっている、CMにしなくてはならないほど重要な問題を知る事が出来るからだ。アメリカは公共広告が年間製作本数は1000本以上を越えると言う。数字を見れば、いかに公共広告は訴求力の強い問題解決の一歩のとして扱われているのがわかる。一方、日本ではあまり公共広告を見る事がない。それは何故なのか言及して行く。
アメリカでは公共広告の事をプロボノ・アドバタイジング(Pro bono advertising)と読んでいる。プロボノとは「Pro bono public」(公共の善)と言う意味のラテン語から来た言葉だ。全米広告業協会(AAAA/American Association of advertising Agencies=4A)に加盟している600社以上の広告会社は、公共広告に積極的に取り組んでいる。
日本の公共広告は、公共広告機構に任せているようだが、アメリカの広告会社は自発的に公共広告を制作している。日本とはずいぶん異なっている。テレビCMに限って言わせて貰えば、日本は地域によってずいぶんと流されるCMが異なっている。地元や大手企業の広告が多く、公共広告(CM)を見かける事がない。放映頻度からして、日本とアメリカの公共広告の力の入れようは歴然としている。扱う公共広告のジャンルは大体、エイズ、ドラッグ、貧困、差別、環境問題、民族紛争などをテーマにしている。クリエイターの多くは、公共広告で広告賞を受賞する事は大変なステイタスなので、人助けに繋がる公共広告で賞を獲得したクリエイターは他社から好条件で引き抜きが来るし、良い仕事を得る機会にも恵まれる。何より、ものを売る
日本の広告表現はなぜ世界で理解されないのか (上西麻子)
だけでなく、不幸な人を救ったり、不幸を事前に防いだりする事も、広告の大切な役割なのだから、日本ももっと公共広告を積極的に作るべきである。
日本とアメリカの公共広告は少し異なると述べてきたが、日本の公共広告とは一体どんなものなのだろうか。日本の公共広告は時代をとらえ、人々が求める発言を広告にしている。広告のテーマは、毎年テーマアンケートを実施し、全国合同会議で決定する。これに基づき、全国38社の広告会社から毎回約500点を超える企画が集まり、審議会で厳選され、各地域の声を反映しながら全国展開するキャンペーン作品が決定する。そのほかにも最近では地域の課題をテーマにした地域キャンペーンも意欲的に展開されている。選定基準は広告によって効果の得られるテーマであること、将来を見通し啓蒙に役立つ広告であること、時代感覚にそってタイムリーに展開されること、特定の党派、宗派、企業、団体に偏らず営利を目的としない事。 日本の公共広告作品のテーマを上げてみると、いじめ、骨髄バンク、エイズ、麻薬、差別などだった。
日本と欧米の「公共団体」の違いは、まず歴史があること。そして組織力が強く、実行力があり、集金力があること。これはお金持ちということではなく、寄付金を集められるということ。いちばんの違いは「公共」に対する市民の考え方の違いにある。
6.結論 近頃、外国で作られた優秀な広告が、日本のメディアにそのまま登場する事が多くなってきた。グローバル化の証だ。海外における日本のイメージは相変わらず、ブジヤマ芸者で、外国の人から見る日本は結局進歩がなく、少しもグローバル化していないのだ。時々、外国映画で、ヤクザや相撲取り、忍者、そして、ジャパニーズビジネスマンが出てくるが、どれも正確に表現できたものはなく、アジアの文化がミックスしたものを代表して、「日本」と扱われている。以前、テレビで「知っている日本の有名人は?」とニューヨークでインタビューした番組を見た時、1位がブルース・リーだった。明らかに日本人ではない。ドイツでレストランに入った時、ウエイトレスの女性に、英語で「あなたは日本人ですか?私仏教です」と言われた事がある。話をよく聞いてみると、チベット仏教であった。2年間、専門演習を通して世界の人から見た日本人のステレオタイプを学んできたが、結局富士山やビジネスマンなどに統一していた。本当に日本の「わびさび」を体験する外国の人はほとんどいないのだと実感した。だからと言って、日本の広告をこのまま欧米化していくのをだまって見過ごす事は出来ないが、日本には日本人だけが住んでいるわけではない。だから、言葉なくして伝わる広告を作る事も大事な事だ。日本の広告表現はそちらにも転べないと言うのが現状かもしれない。 しかし、そんな中で、世界の広告でがんばっている日本の文化がいる事を忘れてはいけない。いくら、日本文化として認識されていなくても、広告を通じ日本文化を使って、物が売れたり、人助けにつながっている事は確かである。世界の何処かで、知らないうちに日本文化が外国の人々の心に入っていると思うと素晴らしい事だ。イントロダクションで、「日本の広告表現はなぜ世界で理解されないのか!?」と書いたが、結論として、今は理解させるにはまだ早い。しかし、MADE IN JAPAN の文化が次から次へと世界に飛び出し始めた現在、日本の広告表現に流れる日本文化がおもしろいものだと認識される日は近い。その証拠に、ヤンキースの松井秀喜はアメリカのメディアから取材態度がとても良いと評判である。彼は典型的なジャパニーズであり、そのジャパニーズ精神が向こうのメディアに受け入れられていると言う事は日本人の「おくゆかしさ」が外国で理解され始めている証拠である。世界に羽ばたく日本産の活躍に期待したい。
参考文献
日本の広告表現はなぜ世界で理解されないのか (上西麻子)
相沢秀一(2001)「世界の広告を読む」、発行所 株式会社 電通 編集・制作 株式会社 電通 広報室 出版部 青木 茂芳(2000)、「英語 キャッチコピーのおもしろさ」、株式会社 大修館書店 岩本 由行(1962)、「時事英語シリーズ3・英文広告と口語表現」 発行所 研究者出版株式会社 金子 秀之(2000)、「世界の公共広告」、研究出版株式会社
公共広告機構(20/10/2003) 、http://www.ad-c.or.jp/
社団法人 全日本シーエム放送連盟(30/11/2003)、http://www.acc-cm.or.jp/
島森 路子(2003)、「広告批評276号」、マドラ出版株式会社 島森 路子(2002)、「広告批評265号」、マドラ出版株式会社 東 英弥(2002) 「広告クリエイターの素」、株式会社 宣伝会議 鉢巻 敏雄(1994)「比較・世界のテレビCM」、日経広告研究所
日本の広告表現はなぜ世界で理解されないのか (上西麻子)
因篇幅问题不能全部显示,请点此查看更多更全内容
Copyright © 2019- huatuo6.com 版权所有 湘ICP备2023023988号-11
违法及侵权请联系:TEL:199 1889 7713 E-MAIL:2724546146@qq.com
本站由北京市万商天勤律师事务所王兴未律师提供法律服务